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Award Result1

マックス「心のホッチキス・ストーリー」

結果発表

募集期間 2010年10月1日(金)~ 2010年12月12日(日)

応募作品の傾向

無縁社会が叫ばれ人と人との関係が希薄になっている現代社会で、果たして作品が集まるのか、またどのような作品が集まってくるのか興味を持っておりました。そんな中、最年少は11歳、最年長は90歳と幅広い層から2,290件もの作品が集まり、驚くと共に大変感謝しております。

作品の内容は“家族との何気ない日常”や“子どもとの思い出”、“父親に感謝する娘の気持ち”、“友人との関係”など多岐にわたっており、中には時代を反映してか“介護”や“心の病”の話なども見られましたが、それらの作品も含め、人とのつながり、絆を前向きにとらえた作品が数多く見られ、審査しながらも大いに心を動かされました。

選考は、独自性や共感度をベースに、作品テーマをわかりやすく伝える表現力や読み手をひきつけるストーリー性などを考慮しました。さらに、作品の持つ時代性にも着目し、大賞および入賞作品を決定しました。

マックス・心のホッチキス大賞

いけのよしこさん(神奈川県 / 50代)

いけのよしこさん(神奈川県 / 50代)

仕事帰りに、突然の雨。これではちょっとの間だけどぬれてしまうな~。

あいにく傘をもってきていなかった。

駅につくと雨はあがり、いつもの道を歩いていて、ふと前を見るとレインコートを着て傘を2本もってトボトボ歩いている子供。

思わず、子供の名前を呼び駆け寄った。

“ありがとう、ありがとう”と何度もいいながら抱きしめ、知らぬ間にボロボロ泣いていた。

自分のことを心配してくれたことと、優しい子に育っていることに胸がいっぱいになった。

もっと早く駅についていれば、雨が降っていてくれたなら、子供の気持ちをうけとめて、笑顔を見ることができた。

何十年たった今でもそのときの情景を思い出し、子供の気持ちを思うと涙がでてくる。

マックス賞

ゆかかなのママさん(長崎県 / 40代)

我が家の娘たちは、クリスマスが近づくと、サンタクロースあての手紙を書き、外から読めるように、窓ガラスに貼ります。三年前、次女が小学一年生だったころの手紙に、こんな言葉が書かれていました。「サンタさんへ。うさぎさんのぬいぐるみがほしいです」そうか、なるほど。しかし、手紙には先がありました。「お母さんは、私とお姉ちゃんに洋服をいっぱい買ってくれるけど、自分は何も買わないので、お母さんに服をプレゼントしてください」小さな娘の優しさに胸がいっぱいになり、このことは心に留めて一生忘れないだろうなと思いました。そして、にじんで見える手紙には、更に続きがありました。「お母さんのサイズはLです」

もどきさん(神奈川県 / 40代)

私にはできない。いや、絶対にできるよ。そう言って二人で始めたスキューバダイビング。君はいやいや講習を受けていたね。それが今はどうだい。マンタに会いたい、イルカにタッチしたい、海外にも行きたい。俺は君の後を追うばかり。海辺のリゾートで、二人はいつも早起き。車椅子を押す俺。こぼれそうな君の笑顔。今日もすばらしいダイビング日和になるよ。君と海、そしてついでに俺、みんな合わせてホッチキスで止めちゃおうね。

春を待つうっちーさん
(三重県 / 20代)

2010年5月、私の心はばらばらだった。仕事からも離され通院が必要になった。唯一楽しいと思うことが四コマパロディ漫画を描くこと。ある日、そのことをふと主治医の先生に言うと「見せてよ」。それ以来、先生は私の読者になってくれた。今、書き溜めたものを製本して冊子を作ろうとしている。ばらばらになった心もこれでひとつに綴じられる。そんな気がしている。

いかるみんさん(奈良県 / 50代)

いかるみんさん(奈良県 / 50代)

20年前に始めた小さな定食屋です。

おいしくて安くて栄養のある料理に自信をもってやってきました。

しかし、大手外食チェーンなどが進出してきて気がつけば周りを囲まれていました。

正直大変ですが、

「おばちゃんただいま」

「おっちゃんいつものやつな」

「体に気をつけて頑張ってや」と応援して下さる常連さんがいる限り負けないで続けていきたいと思っています。

だからもちろん、支えて下さるお客さんと心のホッチキスでずっとずっとつながっていたいです。

テンさん(福岡県 / 40代)

43歳の弟。東京の本社に栄転したのは、一年半前。弟を誇りに思う47歳の私。田舎の父から最近電話。「あいつやめたいそうだ」と父。「電話してやってくれ」と父。しばらく話していないと気づく私。電話する私。「大丈夫か?」と私。「つらい……」と弟。言葉のでない私。「この歳で違う畑はなぁ……」と愚痴る弟。がんばれ!!は言っちゃイカンとこらえる私。でも、別の言葉が見つからん私。しばらく愚痴を聞いてあげる私。どっかで励まそうと考える私。「大丈夫バイ!俺たちはお父さんとお母さんの子供やけん、踏ん張れる」と言えた私。「わかった……」と弟。

親の愛情と兄弟の気持ちがつながった瞬間。

ももるるさん(愛媛県 / 30代)

仕事で1年の内2ヶ月程しか家にいなかった父は、私にとって近寄りがたくぎこちない存在でした。私が結婚し子供が産まれた頃にちょうど父も定年退職。

実家に行くといつも待ってましたとばかりに孫を溺愛し、よく遊んでくれる父に、遊んでもらった記憶のない私は、「お父さんって子供好きだったんだ。」と言うと、父が、「家族と一緒にいられる今が一番幸せじゃ。」とポツリと言いました。

この時長年父と私の間にあった壁が崩れ、初めて本当の親子になれた気がしました。

家族の絆をホッチキスしたいです。

ジュアリョーサさん(京都府 / 30代)

9歳の息子のことです。毎年寒い季節も半袖や薄着で過ごし、元気だねーと周囲から言われていた子が、プチ肺炎で自宅安静に。小児科での受診中、先生に「ご飯はどう?」とちゃんと食事ができているかを聞かれたのに、「おいしい!」と即答。先生も私もえっ?っと一瞬思って、顔を見合わせて笑ってしまいました。私は母として、おいしいの言葉に一日中嬉しかったです。その言葉を発したときの息子の顔と言葉を、私の心にホッチキスでとめました。

ポタージュさん(静岡県 / 10代)

ポタージュさん(静岡県 / 10代)

あと四ヵ月後、この家から旅立つ。今まではずっと早く家を出て一人暮らしをしたい。そう思っていた。でも今は楽しみな気持ちもある反面、悲しい気持ちもある。

生まれてきてから十八年。毎日顔を合わせてきた家族。もちろん怒られることも、腹が立つこともあった。でも常に味方でいてくれたのは家族だった。毎日家族と顔を合わせることも、言葉を交わすことも当たり前だった。それがもうあと四ヶ月後には今までの「当たり前」ができなくなる。大学入学の準備が進むと同時に悲しみも湧き出てくる。今になって家族をもっともっと大切にするべきだったと後悔することもある。

私が今日まで生きてこれてあと四ヶ月したら自分の夢を叶えるために家を出ることができるのは「家族」のおかげだと思う。夢を叶えるためにも、背中を押してくれる家族のためにもこれから頑張ろうと思う。そして心安らげる家族にたくさんの恩返しがしたい。

恵水さん(群馬県 / 50代)

一年もの無職の悲しみは、「もう働き口はない」という諦めに変わっていた。そんな折、週三日のみのパート募集広告を見た。電話口の採用担当者は、「五十代の採用は前歴がない。とりあえず履歴書を送れ」とのこと。私は「土俵に乗せてもらえるだけで満足」と送付した。結果は「不採用」。驚いたことに通知書の末尾に、手書き文が添えられていた。

「今回不採用の判断は、年齢が理由ではありません。増員計画自体が白紙となり、当面、現体制で業務を行うためです。採用できなかったのは、私としては非常に残念です」

不採用を思いやる必要などなかったのに、胸が熱くなった。五十六歳の私を惜しんでくれる人がいる。残りの人生に送られた贐として、この「不採用通知」を私の心の真ん中にホッチキスで留め置き、再チャレンジのエネルギーに変えたい。

ぽこさん(新潟県 / 50代)

「もう、何をしてあげてもすぐに忘れるんだもん。張り合い無いよね」認知症の母を嘆く私に娘がポツリ。

「そうかなぁ。今こうして笑っているおばあちゃんがいる。それだけで私は十分だけど」その言葉にハッとする私。トンチが利いて、明るくて優しい母が私の自慢だった。

無償の愛で私たちを育ててくれた大好きな母に対して私は何て冷たい娘なんだろう。

ええい、照れずに言ってみよう。

「ねえ母さん。私は母さんの娘に生まれて本当に幸せだよ。ありがとね」

「いえいえ、こちらこそ和子が生まれてくれて幸せだよ。サンキュー!!あれれ……?私が生んだんだっけ?」思わずコケる私を見て大喜びの母。こんな小さな幸せも忘れないようにホッチキスで留めちゃお。