木のホッチキス誕生ストーリー01
飛騨高山の森の麓(ふもと)、多様な樹種の広葉樹が集まる林業会社の「中間土場」(伐採された原木の貯蔵や選別を行う施設)の敷地内にある家具工房「木と暮らしの制作所」。「飛騨の森と木と暮らしをつなぐ」という理念を掲げて、2017年からこの地で活動をスタートした。
「飛騨の森は他の地域に比べて広葉樹の割合が多いのですが、標高差が大きいので樹種がすごく多くて、一つの木を安定して供給することができず、曲がりが大きかったりして扱いづらいこともあって、市場に出回る数が限られています。さまざまな樹種を選別し、その木の持つ特徴を見極め、売れるための振り分けを行っているのが中間土場の役割です」
中間土場に積まれた原木の山を案内してくれていた松原さんが、1本の木に目を留めた。
「こういう大きく曲がった丸太も私たちはよく使っています」
雪の多い飛騨高山では、冬に雪の重みで倒れかけた木が、夏に体勢を持ち直すことを繰り返しながら育つこともある。そうして育った木は曲がりが大きくなるのだという。
「曲がっていると市場では扱われにくくなりますが、飛騨高山らしい木だからこそ積極的に使うようにしているんです」
切り口の面が平らではなく、段差がついている丸太も。曲がっている木をそのまま切ると木が裂けてしまうため、チェーンソーを中心部分に突っ込み、木の芯を抜いてカットする「突っ込み切り」という伐採方法をとるのだという。他にも、部分的に“腐り”や“割れ”が入っている丸太も数多く積まれている。
「綺麗な木は市場に出て、競売にかけられて高い値段がつきます。ここにあるのはそこに行けなかった木たちばかりなんですけど、それでも1本1本の木の個性を上手く生かしてものづくりができれば、その木にしかできない“表情”を作れるんじゃないかと思って作品づくりに取り組んでいます」
「割れているから使えないのではなく、割れが良い味を出していると言ってもらえたり、曲がり具合が格好良いと評価されたりすたりするような作品を作ってみたいと思っています」
敷地の一角にある木材倉庫を案内してくれた松原さん。さまざまな表情を持った板材が壁に立てかけられたり、床に積まれたりしながら、倉庫内を埋め尽くしている。一枚板のテーブルにぴったりの板材もあれば、曲がりが大き過ぎて使いづらそうなものも。そんな中、一枚の大きな板材を見せてくれた。
「キハダの板なんですが、今までキハダを聞いたことのなかった方にも見てもらったら、すごく反応が良くて。いろいろな個性を持った木があるというのを少しずつで知っていただけるのは嬉しいですね」
この地で家具づくりを始めるようになってから、新たな発見もあったという。
「活動を初めた当初、広葉樹はまだ流通量が少なく、綺麗な部分が一番良い材料というのが一般的な評価でした。樹種ごとの個性を生かした家具づくりを行っていく中で、“木の表情が面白いね”といったお声をいただけるようになって。割れが入っているものをご要望されることも増えてきました」
1本の丸太から丁寧に手間をかけて必要な部分を切り取る“木取り”をして、木の価値を高めながら独自の作品を生み出している「木と暮らしの制作所」。そうした取り組みの中でも扱う木の量が増えてくると、「端材」が出てくることは避けられない。
「現在は年間400本ほどの丸太を買い入れているので、大量の端材が生まれてきます。自分たちだけでは使い切ることができない端材を、少しでも生かしてもらえるように取り組んでいます」
作業場の一角に積まれた端材は、小物を制作する工芸作家に譲ったり、ろくろ職人の練習用に使われたり、チップ状にして染色材料にしたりと、さまざまな用途に生かされている。マックス「木のホッチキス」プロジェクトとの出会いは、そうした飛騨高山の広葉樹の端材に新たな価値を生み出すこととなった。
マックスでは「木のホッチキス」プロジェクトを通じて、地域の森を守る活動に貢献していくことを目指していた。以前から交流のあったインテリア雑貨「kochi」(コチ)オーナーで木工作家の東 和俊さんから、マックスが飛騨高山の広葉樹に関心を抱いていることを伝えられた松原さん。「飛騨の森と木と暮らしをつなぐ」という自分たちの活動の可能性を広げる良い機会だと感じたという。
「私たちの力だけでは発信が行き届かないところに、マックスさんが連れて行ってくれるんじゃないかと思いました」
工房を訪れたマックスの担当者と東さんを交えて打ち合わせを重ねる中で、「木のホッチキス」にはさまざまな樹種の中でも一般的に馴染みがあるヤマザクラ、ブナ、栗、クルミの4種類の端材を使うことが決定。「木のホッチキス」に広葉樹ならではの豊かな木の表情が与えられることになった。「木と暮らしの制作所」が厳選した端材を「kochi」へ提供。東さんが木工作家として培った技術を生かして制作にあたるという流れが出来上がった。
「端材の中には“スポルテッド”と呼ばれる筋模様が微妙に入っていたりもします。普段から丁寧に手をかけたものづくりをしているkochiさんでしたら、上手く木取りを行って、端材の魅力を引き出してくれると思いました」
ほぼ1年がかりの時間をかけて、「木のホッチキス」が完成。
マックスとの共同作業は松原さんにどのような経験をもたらしたのだろうか。
「普段、木とは一見縁のない文具メーカーのマックスさんに、飛騨高山の木に興味を持っていただいたことを嬉しく思っています。これまでも各地の小売店の方にお声をかけて発信を行っていましたが、今までとはまた違った新しい分野とのつながりが持てて、今後の私たちの活動がさらに広がっていく可能性を感じることができました」
「木のホッチキス」がきっかけとなって、飛騨高山の森の魅力が多くの人に伝わり、森を訪れてくれる人が増えることも期待しているという松原さん。「木と暮らしの制作所」では、飛騨高山の暮らしの魅力を体感できる宿泊施設を建設する計画も進んでいる。
「森に帰ってきたと思ってもらえるような場所を作っていきたいと思っています」
取材日:2024年6月6日
※木と暮らしの制作所の会社HPはこちら
京都府出身。2017年、「森と木と暮らしをつなぐ」の理念のもと森の木を使い、家具を作ることで森と人とが共生できる社会づくりに貢献する「株式会社木と暮らしの制作所」の共同経営者として立ち上げに参画。セミオーダー家具などの商品の企画開発や営業なども担当。「家具」という枠にとらわれない「木を生かすものづくり」を得意とし、近年は社外の作り手と共作した商品開発を数多く手がけている。
熟練の木工作家が1点1点の作品を通して
木の魅力を表現するインテリア雑貨店「kochi」