ネイラ物語

ネイラの歴史

国産初のネイラの誕生

ホッチキス SYC-10

マックス(株)は、昭和17年に山田航空工業(株)として、零式戦闘機の尾翼部品メーカーとして創業しました。
戦後、『平和産業に徹し、文化に貢献する』を掲げて、山田興業(株)と社名を改め新発足しました。
事務用機器の製造にあたり、昭和27年に発表した小型ホッチキスSYC・10(後のMAX-10)が大ヒットとなり、また昭和30年には生産していた鉛筆削器のブームが起こり、マックスは文具・事務機のメーカーとしての方向を固めました。

ガンタッカ TG-A

昭和33年にはホッチキスの針を使用し、画鋲代わりにポスターなどを貼る事務器として、ガンタッカ(手動式釘打機)を開発し販売しました。ところが事務器としては普及せず、住宅建築のモルタル工法のラス張り用として、左官屋さんの必需品となりました。

ここからマックスは、本格的な省力工具の開発へと向かうことになります。

国産第一号機 エアタッカT2-A

ほぼ同時期に米国の釘打機メーカーから、圧縮空気を動力源とした釘打機の情報を得て本格的に取り組むことを決意しました。
昭和37年に※1ステープルを打ち込む、国産初のエア式ネイラ※2『エアタッカT2-A』の開発に成功し、家具市場に向けて生産・販売を開始しました。

日本のネイラ(釘打機)は、この時をもってスタートとなりました。

  1. ※1ネイラなど産業用工具に使用する『ステープル』は、ホッチキスの針と同じ形状のまま打ち込まれ、部材を接合します。
  2. ※2エアタッカは現在、エアネイラに呼称を統一しています。

創成期 1960年代(昭和37~46年)

マックスが国産初のエア式ネイラ『エアタッカT2-A』を販売したのは昭和37年。価格は16,500円でした。
ホッチキスの針と同じ形状のステープルを打つタイプで、用途は家具の“フラッシュの芯止め”(家具扉・ドアの内部の木質芯材を接合する)や、“椅子の布張り”でした。家具メーカーの一部では輸入釘打機が使われていましたが、当時はほとんど熟練した作業者が釘を口に含み、一本一本取り出し金槌で打っていました。

日本の社会はすでに戦後の意識はなく、政府からは所得倍増計画が打ち出され、世はまさに高度成長期。住宅供給の拡大と結婚組数の増加により、家具産業の成長は著しく、ネイラの需要は急速に高まっていきました。
ところが国産初のネイラ『エアタッカT2-A』の性能は、まだお客様を満足させるレベルには達していませんでした。その後、昭和42年に新機構のエアリターン方式を採用した画期的な『エアタッカTA-15』が開発されました。性能は当時の世界水準を抜くネイラとなり、同時に品揃えも充実し、家具市場においてマックスはネイラの基盤を固めることが出来ました。

梱包用エアネイラ TA-50
Tネイル

昭和40年代後半は、輸出産業が脚光を浴びていました。輸出品には梱包の為の大きな木製の箱が必要でした。これが輸出用重量梱包といわれるもの。その製造にはネイラが不可欠で、当時は輸入品の釘打機が使われていました。この市場へもマックスは、Tネイルを使用する大型ネイラを開発し、新たに市場参入しました。

開拓期 1970年代(昭和47~56年)

ネイラの普及は、家具市場から梱包市場へと拡がって行きます。梱包向けのネイラはTネイル用が主流でした。
手打ちの釘打ち作業で使用されてる丸釘はTネイルに比較して保持力があるという理由から、丸釘が打てるネイラが市場では渇望されていました。

このニーズに応えて開発されたのが、昭和48年発売の『コイルネイラCN-60』です。丸釘を針金で溶接して、ロール状に巻いたコイルネイルを使用する画期的なネイラでした。長さ45㎜までの丸釘が打てる初めてのネイラでありながら、性能は大変優れていました。同時にコイルネイルの釘の連結方法は、当社のパテントであり、品質の良さと生産性も高いことから、急速にネイラは丸釘化して行きました。
釘が大量に使われる住宅建築を、新しいターゲットとして市場開拓を始めたのもこの頃です。しかしここで厚い壁に阻まれました。日本の住宅建築の伝統的な在来工法は、仕口・継ぎ手などの柱の接合には釘を使用しないことを、誇りにしている工法なのです。当然、大工さん・金物販売店さんには、当初ネイラはほとんど関心を寄せて貰えませんでした。
ところが昭和48年には空前絶後の建築ブームが到来したのです。猫の手も借りたい大工さんはようやくネイラを使い始めました。
さらに追い風となったのは、昭和49年のオイルショックのさなか、北米の2×4工法が建設省により認可されたことです。2×4工法は別名『釘打ち工法』ともいわれ、建築現場で威力を発揮するネイラの存在を大きくアピールできました。

ネイラの普及を加速させたのは、昭和55年に発売した、大工さん向けに徹底してコストダウンを図った『コイルネイラCN-57』のヒットでした。建築市場参入8年目にして普及率10%の壁を越え、ネイラは大工さんの必需品となりました。

展開期 1980年代(昭和57~平成3年)

ネイラの開発は建築向けのものが主流となっていきます。
最初の10年間(昭37~46)は7機種、次(昭47~56)は23機種、さらに次の10年間(昭57~平3)は32機種と大幅に拡大してきました。ネイラは、ステープル・Tネイル・普通丸釘・柔らかい壁材(シージングボード)やルーフィング材をとめる大頭径釘(頭部面積が通常釘の4倍もある)・家具用のプラスチック釘、さらには釘頭の小さいフィニッシュネイルなど、約1.500種類のいろいろな形状・材質の釘が打てるように展開していきました。

最初は、釘が連続して速く打てることが、ネイラに求められる基本的性能でした。ところが80年代に入ると、ネイラはあらゆる釘打ち作業の必需品となり、様々なニーズに応えることになります。

  1. 1ボディは扱いやすい小型・軽量化
  2. 2快適作業や誤作動防止のための各種安全機構の整備
  3. 3釘の打ち込み深さが調節できるアジャスタ機構
  4. 4釘が隅まで垂直に打ち込める偏心ドライバ機構
  5. 5打ち込み時の反動をやわらげる反動吸収機構
  6. 6コンクリートと鋼板を接合するハイパワー機能
  7. 7125ミリまでの長い釘が打てる連続打撃方式

など多くのお客様の要望から誕生した新機構・新機能を搭載したネイラは、様々な市場で省力化を推進し生産性を高め、広く産業に貢献してきました。

ネイラはハンドツール(工具)として、家具・梱包メーカーから、工務店・プレハブメーカー・2×4ホームビルダーなど、建築分野へ広がって行きました。さらにエレクトロニクスで制御し、打ちたい位置に正確に釘を打つシステム釘打機の市場が開けてきました。システム釘打機は、大手住宅メーカーや、地場のホームビルダーの工場の生産ラインで導入され、品質向上や工期短縮によるコストダウンに大きく貢献することになりました。

革新期 1990年代(平成4~13年)

国内では年間、約140~150万戸の住宅が新築されていました。また、大工さんの数は約45万人と事業所統計(平成3年)より推定されます。住宅着工戸数はともかく、長期的には現場作業者の高齢化と不足が進むと予測され、そうなると、ますます住宅建築は効率の良い建て方をしなければならず、使用する工具もより軽く小型化され、性能をアップしなければなりません。

スーパーエア・システム

マックスは、これまでのネイラの空気圧力を3倍まで高めて使用する、画期的なスーパーエア・システムを開発し、スーパーネイラのシリーズ(4機種)、エアコンプレッサ(3機種)を平成7年5月までに発表しました。

  • 従来のCN-630とこの当時発売したHN-65の比較では、平均35%の軽量化、容積比(ステープルを入れるマガジン部は除く)で67%の小型化に成功。速射性・消音性・安全性など、すべてが次代のネイラにふさわしい性能を搭載しています。
  • HN-65はCN-630と比較しています。

もちろん、釘はこれまでのものが使え、発売とともに、すでに大勢の大工さんからご好評をいただいております。

ターボドライバTD-432
専用ネジ

また、住宅の高級化・高性能化が進むなか、阪神大震災(平成7年1月)の教訓からも、耐震性能の向上がさらに求められるようになりました。こうした背景をうけ、内装材の石膏ボードの接合にねじ化が急速に進むことになりました。
この変化をいちはやく捉えて、開発されたのが、世界初のねじを打って締めるエア式の『ターボドライバ』です。
従来の電動ドライバに比べ、疲労を軽減し、驚くほど楽にスピーディに、ねじ締め作業を片づけるターボドライバは、製品開発とマーケティング活動が優れていることで、'96年日経優秀製品・サービス賞の「日経産業新聞賞優秀賞」を受賞しました。マックスはこれからも世界の釘打機市場の変化を直視し、お客様へ更なる満足を提供してまいります。
マックスはいま、世界の市場の変化を直視し、ユーザーのニーズをいちはやく形にして、お客様への満足を提供し社会に貢献しております。

これからも満足いただける製品をお届けします!